韓国の近代史に重なる眞露の歴史

眞露焼酎

転機となった希釈式製法

眞露の次の転機は、'65年の「糧穀管理法」の改正でした。これにより、穀物を使った蒸留式焼酎の生産が禁止され、焼酎の生産は全面的に希釈式に変わったのです。希釈式は、さつまいもなどのでんぷん類を原料とする酒精(アルコール)を水で薄める方式で、穀物の消費を抑えるための措置として採用されました。

希釈式による焼酎の質の変化と、生産施設の大幅な改良を余儀なくされたことは、眞露をはじめとする焼酎ブランドにとっては大きな試練となりました。眞露は、この試練の時期に合わせて、シンボルマークのひきがえるの向きを、従来の右向きから左向きに変えたのです。

左向きひきがえる

'65年4月に登場した「左向きひきがえる」のマーク。

'73年には、市場のニーズに応え、それまで40度前後だった焼酎のアルコール度数を25度に引き下げ、'74年には全国で発売される焼酎の度数を25度に統一しました。これが契機となり、眞露は全国の焼酎市場を席巻し、韓国内で最大の焼酎メーカーとなることに成功したのです。

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    '60年代末から'70年代中盤の眞露焼酎。度数が25度になったことが表示されています。
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    '70年代中盤から'80年代中盤まで使われていた青いラベル。
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    '80年代から登場した「観光焼酎」。このラベルには、'93年に大田広域市で開催された国際科...